下に行くほど、古くなります。

2001年 4月

 

20日(金)

親ばか日誌2
 皆様にご心配いただいた、次男の配属先が決まりました。 
 エッ?誰も心配してない。勝手にしろ?
 マァ、そう言わずに。
 ここを読んでるのも何かの縁。あきらめて先をお読み下さい。

 就職試験の際に前もって、学校で模擬訓練を受けたウチの息子。
 先生から『配属先はどこでもいいですか? と、聞かれたら、必ずハイと答えるんやぞ。入社してしまえば、後からでも、関西希望を言えば何とかなるから。』と、面接の心得(?)を言い聞かされて面接に望みました。
 本人は、家は出たいけれど関西希望だったので、その先生の言葉を胸に面接を受けると、やはり『配属先はどこになってもいいですか?』と聞かれたそうです。もちろん、先生の言葉を信じて『はい』と答えた息子は、何とかその会社に採用していただけることになりました。

 入社が近づくにつれ、私は『全国どこに配属になるかわからないけど、どこになってもがんばれよ。』と言っても、本人や妻は、『そんなことないよ。先生が配慮してくれるって言ってたもの。』と私の言うことなど取り合ってくれませんでした。そのころから私の中にはちょっと不安があったのですが、彼らは聞く耳を持ちませんでした。

 そんな状態で、就職、研修生活に入った息子でした。
 そんな折り、10日ほど前に、息子から電話でちょっと落ち込んだ様子で、『千葉に配属になりそうや。どうしよう?』と言ってきました。
 妻は『エッ?』と言ったきり、ちょっと言葉が出ないようでした。しかし、気を取りなおして『そうか。しょうがないな。がんばらんと。』と言うのが精一杯のようでした。
 私の悪い予感が的中。
 私は、予想はしていたので、息子に『どうしようって、お前はどうしたいの?でも、決まった以上仕方ないやないか。とにかく、やってみろよ。1年でも、2年でも。それでも、お前ががんばりきれやんかったら、またそのとき考えようよ。』と言いました。
 他にも色々話しましたが、結局内示だったので、正式決定が出たらまた連絡をするようにと言いました。

 一昨日、正式に辞令がおりました。
 千葉。
 ところが電話で連絡をしてきた息子が、前回とはうって変わって明るい声で、『やっぱり、千葉やねん。今日正式に紙(辞令)もろうたわ。』
 本人はもうその気充分で、10日ほどの間に気持ちの切り替えも出来たようで、親としてはホッとしています。
 妻も、『お母さんはちょっと寂しいけど、がんばりや』とエールを送っていました。

 で、めでたし、めでたし。

 ところが、当事者の親としてひとつだけ気に入らないことがあります。

 就職の世話をしてくれるのはいいけど、いい加減なことを言って、だますなよ。 先生っ!
 何とか就職先へ押し込んでしまえば、後はあんたらには関係ないかもしれんけど、本人に取ったら一生の問題やぞ。
 そりゃ、確かに初めから『関西でないと、いやです。』と言えば、就職できんかったかもしれへんけど、それならそうと、ここに行ったらどこに配属になるかわかれへんぞ、くらい言えよ。
 その上で、受けるか受けないかは本人が決めることやろ。
 今回の場合は本人が気持ちの切り替えを出来たからいいけど、もしそうでなかったらどうなっていたことか。
 これで、やめてきても学校には責任はないからどうでもええ事なんやろな。
 ウソをついてまで就職率を上げて後は勝手になんて本人にも、採用する企業にも失礼やぞ。

 と言うことで、もし、ここを人事担当の方がご覧になっていたら、あなたの会社で面接をするときには一言、
『学校で習ってきた面接の要領はウソもたくさんあります。あなたの気持ち、あなたの言葉でしゃべってください。』と言ってあげて。
 本人の意見を聞く方があなたの会社にとっても有意義だと思います。
 マニュアルで教え込まれた人を採用すると後で思わぬ見込み違いがあるかも・・・。
 特に今回のように、とりあえず採用されるようにウソをついてまで就職させようと思っているフシもありそうですから。
 それとも、企業の方もそんなことは折り込み済みなのかな?

 オマケ
 電話で息子に初月給か初ボーナスでなんか期待してもええんかなぁ ?
 ユニバーサル・スタジオ・ジャパンの年間パスが欲しいけど、と言ったところ、『アホかっ!』で、終わりました。
 ウ〜〜ン。もうちょっとガンバって交渉してみよう。
 

2日(月)

4月1日
 昨日は、4月1日。
 私達夫婦の結婚記念日でしたが、それよりも優先すべき事があったためオアズケ。

 息子が、高校を卒業、進学させるほどの経済力と学力がないため就職することになりました。
 不況時で心配はしましたが、何とかうちの息子のような者でも拾っていただける企業があり、無事就職先も決まりしました。
 就職先の本社は東京にあるので、約一ヶ月は東京本社や研修センターで研修と言うことで、東京に旅立ちました。今まで、東京など修学旅行以外で言ったこともなく、ましてや、一人で田舎者が行くのですから親としてはかなり心配になりました。
 とりあえずは、東京に知人がいるので(とは言え、この方もお客さん)その方に連絡をとり、羽田空港まで迎えに来て、会社まで連れて行っていただけることになりました。(感謝!)

 次は、飛行機。
 これまた、一人で乗ったことがないので、関西空港まで見送りをと思いましたが、お店があるので一人で行かせようと思っていたところ、私の両親(彼には祖父母)と長男(兄)が、空港まで送って行くと言うことになり少しは安心しました。
 出発前夜は関西空港でのチケットや荷物預かりの事を彼に話しました。
 出発の朝は、普段はないのに、一緒に朝食をとり車で空港行きのバス乗り場まで送っていきました。
 妻はガマンできなくなると思うので家で見送ると言い張り、結局、家に残りました。

 空港まで送った私の両親から、空港までは無事に送り届けたことの連絡があり、第1段階クリアー。
 ネットで航空会社にアクセスしフライト状況をチェック。約一時間後に無事飛行機も羽田に到着したことを確認し、次の難関、羽田まで迎えに来てくれる知人と合流できるかどうか?
 合流できたら、一応連絡をするように言っていたのですが、なかなか連絡がありません。
 そんな折り、迎えの知人からまだ会えないことの連絡があり、たまらず、彼の携帯に連絡をしますが、呼び出しているのに出ない。???。どうした?。いや、たぶん荷物の受け取りに手間取っているだけだろうと自分に言い聞かせ、もう少し待ってみることにしました。

 飛行機到着の約30分後、無事合流できたとの事でやっと胸をなで下ろしました。
 本人には『お前も、もう18才なんやし、そんなもん、目と耳と口があるんやから、わからん時は人に聞きなっ』と言っていましたが、彼にとっても、私にとっても不安、心配満載の『初めてのお使い状態』でした。
 まだ、まだ、甘い親です。厳しい親にはなかなかなれません。

 夜、妻に彼から電話で、『寮に来てるけど二人部屋で相棒は結構気の合いそうなヤツやで。』と明るい声で、その後ろでは大きな笑い声が聞こえていたそうで、妻も一安心したそうです。

 『おかあさん、がんばるからよ。』と言って彼は電話を切ったそうです。

 今日は、いよいよ入社式。

 竜也、がんばれっ!これしか言えないけど。
 今度、お前が帰ってきたときに一段と逞しくなっているだろうと楽しみにしています。

 そんなこんなで、今年の結婚記念日は次男の就職騒動で幕。
 と思っていたら、今朝、長男からメールでグリーティングカードが届きました。
 『
結婚記念日おめでとう!! これからも末永く仲良くやっていってくださいな。』のコメント共に。
 貴士、ありがとう。

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