下に行くほど、古くなります。

2006年 8月

 

30日(水)

社員管理

先日テレビで見たのですが、世界最小100万分の1グラムの歯車を作った会社が愛知県・豊橋市にあるそうです。
もっともこれだけの小さな歯車ですので使い道がなく実用化には至っていないそうです。
ところがこの技術が紹介されて世界中の会社からその技術力を求めて仕事の依頼が来ているそうです。

テレビではこの会社の社長さんが出演されていたのですが、この社長の方針がとてもユニークでした。

まず社員を採用するときは面接等はしないで学歴・国籍・性別は一切問わないと言うばかりでなく、なんと先着順で採用するというのです。
彼が言うのには『僅か10分や20分の面接で何がわかるのか。それよりもどんな人間でも必ず何かを持っている。それを探して、見つけ仕事をさせるのが私の仕事だ。』と言うのです。
現社員の証言でも、面接の時に履歴書を持って行ったところ履歴書を見もしないでその場で破り捨てそのまま採用になったと言っていました。
また採用後2年あまり処遇に困っていた社員がいたそうですが、社員同士の会話でその社員がコンピューターに詳しい事を知って、仕事をさせたところ成果を上げたそうです。

毎日違う社員をレストランに連れて行きご馳走して色々な話しを聞いていました。
この払いは社長の自腹で、経費で落とすわけにはいかないでしょう、と笑っていました。

社員の出張はグリーン車を使うというのにも驚きました。
社長曰く、これから大事な仕事をすると言うときに電車の中で疲れていては出張先で良い仕事が出来ないと言うのです。
また、社員にクレジットカードを持たせ、切符代などはカード決済させています。
これも、主張から帰ってきて精算書を作ったりする手間を省き、その分本来の仕事に集中してもらうためと言うのです。

他にも会議は自由参加とか出勤のタイムカードは無しなど社員を管理しない事を徹底しているようです。

さて、世界最小100万分の1グラムの歯車をなぜ作ったのかと言う質問に『私はしたくなかったんですよ。でも社員が作りたいと譲らなくて』と苦笑いをしていました。

ところで、豊橋と言えば我が模型業界にも『ファインモールド』があります。
そう言えばファインモールドもすごく高い技術力を持ったメーカーですが、製品はユニークな製品が多いですね。
豊橋ってこだわりの変わり者が多いの?

26日(土)

ガソリン

ガソリン価格の高騰が続いてレギュラーガソリンで140円台の半ば、ハイオクでは150円台の半ばとなっています。
最近はセルフスタンドが増え、さらには安売り競争も盛んになってドライバーは少しでも安いガソリンを求めて右往左往しているようです。
お盆の期間中も高速道路のガソリンスタンドが安いと言う事で長蛇の列が出来たようです。

当店でも時々お客様から『どこそこのスタンドが安いから入れに行ってきた』などのお話も聞くのですが、はてさてわざわざ遠いところまで入れに行く必要はあるのか?と思うような方もいらっしゃいます。

たとえば5円安いガソリン屋さんがあったとして、40Lを入れるとしましょう。
支払いの価格差は200円です。
今の相場では1.3L分です。
さて、燃費がリッター当たり8qの車として10q強の走行分です。
ガソリン屋さんまでの往復とすると片道5qです。
これはかなり乱暴な計算かも知れませんが、5q以内にあるガソリン屋さんであれば金銭的にはトントンです。時間の無駄ではありますが・・・。
さらに燃費の悪い車だったり、価格差、給油量が少ないときはこれ以上に近いガソリン屋さんでないと折角の安い買い物も台無しです。
昔から笑い話で10円安い卵を買うのに100円のバス代を使って買い物に行ったというたとえ話がありますが、正にそれと同じ事となります。

さて、そんなガソリン高騰対策としてテレビでガソリン節約方法を紹介していました。
使用する車は特別な車ではなく、テレビ局が普段取材用に使っている車に燃費計測器を付けた車両で実際に高速道路の同じ区間を色々な運転方法で走行してそれぞれの燃費を比べるという実験でした。

まずはじめに基準走行として高速道路を普通のドライバーが走るように、法定速度を少しオーバーした程度で、遅い車がいれば追い抜くという走行です。
このときオートエアコンの温度設定を18度としています。
この燃費を基準値とします。

次にスピードを上げて走行し、他の車がいれば急加速で追い越したり、急減速をする、いわゆる無謀運転的な走行です。
オートエアコンの温度は18度のままです。

3番目は法定速度いっぱいで走行し、出来る限り急加速、急減速をしないで運転でオートエアコンは18度です。

4番目は3番目と同じような運転をして、オートエアコンの温度を26度に設定しました。

こうして集めた燃費データでは一番初めの基準燃費走行から計算すると、2番目の無謀運転では約16%の燃費の悪化がありました。

逆に3番目の法定速度いっぱい運転では22%の燃費節約となり、さらに4番目のエアコン温度を上げるに至っては27%の燃料節約となりました。

実感として27%の節約がわかりにくいのですが、これを現在のガソリン価格で表すとたとえば144円のガソリンが105円で買えた事に相当します。
105円という価格は約3年前の価格だそうです。

今回の実験は高速道路での実験でしたが、一般道路でも渋滞しているところではアクセルを踏まずに、いわゆるクリーピングで走行する事や停止時も直前までアクセルを踏んで強いブレーキを踏むのではなく早めにアクセルを話して減速し、やさしくブレーキを踏むなどでも燃費が向上すると説明していました。

こうしてみていると無理な運転=ガソリンの無駄遣いとなるようで、やさしい運転をすれば燃費が良くなり、安全性も向上するのではないかと思いました。
と言う事で、安いガソリン屋さんを探す前にやさしい運転をしてみませんか。

ところで、私は安いガソリン屋さんよりも気持ちの良いガソリン屋さんを選んでいます。
働いている方の元気が良くて、愛想が良くて、それに顔なじみですのでいつも行くたびに無駄口もたたけて、気持ちよく、楽しくガソリン屋さんに行っています。

25日(金)

救急眼科

メーカー、問屋さんがお盆休みだったため新製品の入荷がなく、久々のご案内です。
皆様のお盆休みはいかがでしたか?
私は前にも書いたとおり子供たちの帰省もなかったので普段通りに仕事をしました。

そんなお盆の最中、いつものように過ごしていた日曜日の朝、犬の散歩を終えて汗を流すためにシャワーを浴びていると電話が鳴っています。
妻が電話を取ったようですが、話し方から私の親からの電話のようです。
シャワーもそこそこに電話を替わると父からでした。

電話の内容は母親が朝早くから植木の世話をしていてうつむいた拍子にアサガオにたてている棒で目を突いて、見えないようだと言うのです。
日曜日であり、お盆という事でお医者さんはお休みだし、どうしたらいいかと相談です。
(そう言えば子供たちが小さいとき、子供の体調が悪くなると言うと日曜日やお医者さんが休診の午後だった事がよくありました。)

とりあえず電話を切って、当店の常連さんであるO眼科院長の携帯に電話をしました。
朝早くだったので院長は寝ぼけ声でしたが、事情を話すととりあえず和歌山医大の救急に電話して連れて行けとの指示をもらいました。
早速和歌山医大に電話をして症状を言うと診察をするのですぐに連れてくるようにと言っていただきました。

和歌山医大について受付を済ませ少し待っていると名前を呼ばれました。
診察室に入って目を突いたときの様子や症状を話すと担当の先生がカルテに書き込んでいます。
頃合いを見計らって先生に『O先生をご存じですか?』と聞くと『知ってますよ』と。
こりゃラッキーと思って『O先生と友達なんですよ。O先生に相談すると医大に行けと言われて・・。』と言うと笑いながら『あぁ、そうですか。皆さんお盆休みだからね。』。
でも、O院長の名前を出したからかその後の診察も検査もとても親切にしていただきました。

さて、結果は瞼を切っているが眼球などには異常はなかったので一安心ですが、瞼の裂傷は3針ほど縫わないといけないという事で準備が出来るまで待つ事になりました。

待っている間も他の患者さんが何人か診察を受けていました。
一通り診察が終わると先生が待合いに出てきて、何人かの患者さんをグルッと見渡して私の母親にそっと『先に縫おうか』と優先的(?)に処置してもらう事になりました。
(これもO院長の効果か?)

無事縫ってもらって母親を自宅に送り届け、私はそのまま朝ご飯抜きでお店に滑り込み、何とか開店時間に間に合いました。

さて、翌日消毒に行く事になった母親を医大に送って行ったのですが、医大や日赤で診てもらうと半日仕事になると思っていた私は店があるので母にはバスで帰ってもらう事にしました。

昨日の先生が10時の予約を取ってくれていたので20分前くらいに医大に着くように送って行ったのですが、11時前に母親から電話がかかり『今、自宅に帰ってきた』と。

母は私が送っていってから受付を済ませて眼科のところで待っていると予約時間の10分ほど前に偶々昨日の先生が通りかかって声をかけて下さり、すぐに消毒をしてくれ、バスも10時30分発に乗れたので早く帰れたと言う事でした。
消毒だけとはいえ医大の診察で受付から会計まで30分とは・・・。
(これもO院長の効果かぁ?)

早速O院長に電話で報告して、O院長効果があったみたいで親切に診てもらう事が出来たとお礼の電話をすると笑いながら『そうか。役に立てて良かったよ』。

12日(土)

 頂点

今日くらいからお盆休みの方も多いと思いますが、皆様のお休みはいかがですか?

私の二人の息子はどちらも仕事が忙しいとかで帰省出来ないと連絡がありました。
本当に仕事が忙しいのか、帰ってくると私たち夫婦にたかられるのが嫌なのか・・・。
子供たちが帰ってこないからと言うわけでもないのですが、当店は16日(水)まで平常通り営業していますのでお時間のある方はお立ち寄り下さい。


その道の頂点に立つ人には人格、品位、風格、余裕など頂点を目指している人のお手本ともなるべき人物であって欲しいと思います。
一時、横綱の朝青龍に対して横綱としての行動で物議を醸した事があります。
正直言って以前は私も朝青龍の態度があまり好きではありませんでした。

確かに強いのですが、他の力士を見下しているように感じたのです。
強いから文句はあるまいと言っているように思えたのですが、その一方でまだまだ本物ではないから他を思いやる余裕が無くて自分が勝つ事に精一杯なんだと思うと本当に横綱としての強さを持っていないのではないかと思いました。

ところがいつの頃からか、朝青龍の顔が変わってきたように感じました。
土俵上での、特に見合っているときの顔には以前と同じように鬼気迫る気迫を感じるのですが、取り組み後の表情や場所後のテレビ出演時等の表情には横綱としての強さの余裕なのか実にやさしい、時にはかわいい表情を見せてくれます。
恐らく厳しい稽古をして鍛え上げ、自分の強さに自分自身で確固たる自信を持つ事からうまれてくる余裕でしょうか。

最近ではあれほど嫌いだった朝青龍のファンであり、他の力士、特に大関陣のふがいなさに腹立たしささえ覚えます。

一方このところテレビや新聞をにぎわしたスポーツ選手がいます。
判定でチャンピオンとなったものの、本当は負けていたのではないかとか、八百長ではないか等々かなり騒がれています。
中には放送権を持っているテレビ局への非難も見かけます。

試合内容も試合結果もですが、それ以前に人間的にどうかと思う部分もあります。
態度、言葉遣い、服装、さらには対戦相手へのスポーツマンシップ。
どれをとってもヤクザか、それ以下のチンピラかと。
私は嫌いです。この選手。大嫌いです。
中にはこれが彼のパフォーマンスだと言っている人もいますが、つまりはこのスポーツ自体がその程度の事をパフォーマンスだと言い、この程度の人間性の人が頂点に立つようなスポーツと言う事でしょうか。
魅せるスポーツではなくて、ただ見せるだけの興業と言う事でしょうか。

特別に興味があるスポーツという事でもないのでどんな人間がチャンピオンになろうとかまわないのですが、彼がテレビに出てくると気分が悪くなるのでそのたびにチャンネルを変えて見ないようにしています。
彼の事を好きな人もいるようですので、テレビに出すなとは言いませんが彼の言動を見ていると決して若い人や子供たちに良い影響を与えないのではないかと心配するのは取り越し苦労でしょうか。

11日(金)

 印鑑

一ヶ月ほど前に両親から銀行や郵便局などに連れて行って欲しいと言われお抱え運転手を勤める事になりました。
これはいつもの事なのでいいのですが、当日自宅に迎えに行くと大騒ぎをしています。
聞くと銀行などに使っている印鑑がいつも置いている場所に無いと言うのです。
しかもほとんどの銀行や金融機関関係にその印鑑を使っていると言うのです。
さらにはその銀行用の印鑑で印鑑証明も登録していると。
これは大変な事です。

両親と私とで家捜しをするのですが見つかりません。
もしかすれば前回に印鑑を使ったときに銀行などに忘れていないかと言う事で銀行に忘れ物として届けられていないか電話で聞きましたが、無いという事です。

とうとう諦めてまずは該当する銀行等に印鑑を無くした旨を連絡し一応万一の時の不正使用を防止しました。

次に新しい印鑑を買いたいと言うので、この際だから銀行印と印鑑証明登録印を別々にすると言う事になり、早速知り合いの印鑑屋さんに注文に行きました。
無事注文も済んで、銀行や市役所への手続きは新しい印鑑が出来たら連れて行く事になりました。

翌朝、母親から電話です。『無くしたって言ってた印鑑、出てきた。昨日調べたカバンの下から出てきた。昨日はなかったのに・・・。』
よくある話しです。
当店でもお客様が買いに来られて『どこかにあるはずやけど、見つかれへんから買っていくわ』と言って買って帰ったら出てきたなんて話しもよく聞きます。

印鑑屋さんに連絡するとまだ掘っていないからキャンセルにしてくれると言ったのですが、さすがに申し訳ないので、印鑑登録用はそのままに、銀行用は私の妻の印鑑登録用の印鑑に変更していただきました。
快く変更を引き受けていただいたので助かりました。

とこんなゴタゴタが一ヶ月ほど前にあって、昨日のお休みにはその後始末です。
銀行って中止するときは電話一本でしてくれるのですが、再開という事になると本人が銀行に出向いて、公的証明書を持っていって書類に書き込んでと、かなり手続きが面倒なようです。

昨日も母親を連れて朝から昼までお抱え運転手です。
もっともそのおかげで私たち夫婦はお昼ご飯をご馳走してもらいました。

皆さんもくれぐれもご用心下さい。
金融機関は停止は簡単なようですが、再開は面倒ですよ。

8日(火)

 ホンダF−1

先日ハンガリーで行われたハンガリーグランプリでホンダF−1が優勝しました。
1967年イタリアGPでジョン・サーティースが優勝して以来39年ぶりのホンダF−1の優勝です。
アイルトン・セナをドライバーとして擁していた頃はシャーシはマクラーレンエンジンがホンダのコンビとしての優勝でした。
今回のホンダF−1はオールホンダ、正に純日本製マシンの優勝です。

本田宗一郎氏が自社製品バイクの技術を高め、社員の意欲高揚のためマン島のレースに参戦したのが1959年。
マン島レースに参加するときに本田宗一郎氏は確たるあてもなく社員を前に『マン島レースに参加して優勝する』と宣言したそうですが、宣言をしたあとで大変な事になったと思ったと本で読みました。
また、ホンダのエンジンを見た他チームのスタッフから『時計のような精密なエンジン』と評されたそうです。
そして2年後には125ccクラス、250ccクラス共に制覇、完全優勝しました。

1964年にはF−1の世界へ挑戦、翌年の1965年にはリッチー・ギンサーが参戦11戦目のメキシコグランプリでホンダF−1に初優勝をもたらしました。
さらに1967年にはイタリアグランプリで2勝目をあげました。

その後活動を休止していたホンダがエンジン供給元として復活しました。
1987年にはホンダのお膝元である鈴鹿サーキットで日本グランプリが復活、ホンダパワーの強さや日本人ドライバー中島悟の登場、日本のバブル景気等が相まってF−1ブームがわき起こりました。

エンジンメーカーとして参戦していたホンダですが、今年からはホンダチームとしてシャーシ、エンジン共に自社開発で参戦しています。
今年は開幕戦から今ひとつ成績に繋がらなかったホンダですが、今回のレースではジェンソン・バトンが3回目の優勝をホンダにもたらし、ハンガロリンク・サーキットに君が代が流れました。

シャーシ、エンジン共にホンダ製マシンの優勝と言う事でチームスタッフの方たちも感慨ひとしおだった事でしょう。
今年もあと5戦が残されるだけとなりましたが、中でも10月8日に開催される日本グランプリではもう一度君が代を聴かせてくれる事を、いえ、残りの5戦全線で君が代が聴ければこれにこした事はありません。

ガンバレ!ホンダ!

ところでこうなればいよいよタミヤにはホンダF−1のモデル化を考えてもらわなくては。

日(土)

 B.B.キング

先週のお休みに妻と一緒に買い物に行ったスーパーの通路で出張販売のCD屋さんがお店を出していました。
何気なく覗くと今風の音楽と言うより演歌やクラシックなどを中心に並べていてどちらかというと演歌などは昔懐かしい感じのものが多く陳列されていました。
色々と眺めているとロックやジャズのコーナーもあり、こちらもマイルスデビス、オスカーピーターソン、ビルエバンス、ソニーロリンズ、サラボーン等々超有名ミュージシャンがたくさん並んでいました。
このような場所で販売するには無難な品揃えでしょうね。
現に私も懐かしくて色々と手にとって眺めてしまいました。

5才上の兄の影響を受けて中学の終わり頃からロック音楽に興味を持つようになり、楽器の演奏はしませんでしたが聞く事が大好きで少ないお小遣いをはたいてレコードを買いました。
当時聞いていたのはハードロック中心でしたが、フォークソング全盛の時代でしたので同級生からは音楽趣味だけは変わり者と理解してもらえませんでした。

一番最初のきっかけは兄が持っていたジャムセッションのアルバムでした。
タイトルや参加ミュージシャンの事を忘れたので、まだアルバムを持っていたはずと思い先日も探したのですが見つかりませんでした。

その次に聴いたのはクリームのアルバムでした。
難しい事はわかりませんでしたが、アルバムの中のどの音楽もそれまで知っていたどの音楽にもない印象を与えてくれました。
それまでと言えばせいぜい日本人が演奏するザタイガースやブルーコメッツなどと言ったエレキ歌謡曲や外国からのミュージシャンと言ってもベンチャーズくらいです。
そんな中でエリッククラプトン、ジャックブルース、ジンジャーベイカーの3人組の音楽に魅せられてしまいました。

その後もビートルズやローリングストーンズはほとんど聞かなかったのですが、レッドツエッペリン、グランドファンクレイルロード、テンイヤーズアフター、サンタナなどキリがないほど色々なミュージシャンを聞いていました。

高校の時にシカゴを初めて聞いたときにもショックを受けました。
それまではギターを中心としたグループの音楽ばかりを聴いていて、ロック=ギターと思っていたのですが、兄が買ってきたシカゴのアルバムを初めて聴いたときにホーンセクションが入る事で音に、音楽に2重、3重の深みが出る事を知りました。

シカゴがきっかけでそれまでのギター中心の音楽だけでなく色々と聞いてみようと思って少しずつ聴く音楽の幅が広くなり、ブルースやジャズも聴いていました。
もっともブルースやジャズと言っても耳障りのいい聴きやすい音楽ばかりでしたが。

こうして多いときには200枚以上のアルバムを持っていたのですが、今はほとんどを紛失してしまいました。
友達に貸したりしたのがそのままになってしまったようです。
その後少しずつ音楽から遠ざかってしまって気が付けばカラオケで演歌を歌うくらいとなってしまいました。

それでも時々CD売り場の前を通りかかったときに目にする懐かしい名前を見て学生の頃よく聞いたなぁと思い出していました。

先日の買い物の時の出張CD屋さんでも懐かしい名前が並んでいるので思わず立ち止まって眺めていると妻が、誕生日プレゼントに買ってあげると言い出したのです。
初めは遠慮していたのですが、妻が強硬に言うので買ってもらう事にしました。

一番気になっていたBBキングのアルバムを手にすると、妻が他には?と言うのでもう一枚気になったエラフィッツジェラルドのアルバムを買ってもらう事にしました。

早速帰りの車の中で聴きました。
いやぁ。BBキング。ええわぁ。
エラは古い録音の曲ばかりだったのでちょっと物足りなかったです。

と言う事で、BBキング、ただいまマイブームです。
毎日店への行き帰りの車の中でBBキングのギターと熱唱が炸裂中です。

2日(水)

 プール事故

子供たちが賑わう夏休みのプールで残念な事故が起こりました。
流れるプールの吸水口に7才の女の子が吸い込まれて亡くなりました。

プールの吸水口に吸い込まれて亡くなる事故は今までも何度も繰り返されてきました。
にもかかわらず全く教訓として生かされていないのか、今回も同じ事が起こってしまいました。
吸水口のフタさえあれば、柵さえあれば犠牲者は出なかったのに。

今日の時点でわかってきた事は、柵が正規のボルトではなく針金のようなもので固定されていたという事です。
さらに私が読んだ記事には柵が外れている事に気づいた小学生が監視員にその柵を渡したというのです。
その後監視員は上司に連絡し、別の監視員は近づかないように呼びかけたが、約10分後に女の子が吸い込まれたと書いていました。
10分もの長い時間何をしていたの?と問いただしたくなります。
今まで事故がなかった事に対する慣れから責任者は安全の確保よりも修理をすることだけを考えていたのではないでしょうか。
まさか人が吸い込まれるとは思いもしなかったのでしょう。

今までも何度もこうした事故が起きていても、自分のところではまさかと思っている管理者は大勢いるようです。

産経新聞によると過去40年間で50人以上がこうした事故で亡くなっているそうです。
日本体育施設協会と言うところがあるそうで、その協会の平成15年度の調査では全国の学校の2%にあたる589校で吸排水溝が固定されていないと言うのです。
ただ、文部科学省によると教育委員会からの強い改善要求で大幅に改善されて今年の6月末時点で安全が確認出来ていない学校は十数校。
現在は2校に減ったそうです。

さてこの数字、多いと見るか、少ないと見るか。
私は開いた口がふさがりませんでした。
だって、場所は学校でしょ。
強い改善要求があったんでしょ。
それでもなお2校の安全が確保出来ていない。
早急に学校名を公表するべきでしょう。
学校のプールでも同じような事故が何度もあったんですよ。
もしかすればその2校が自分の子供が通っている学校だとしたら?

皆さんの子供さんが通っている学校は大丈夫ですか?
是非一度学校に問い合わせて下さい。
強い改善要求があっても2校もの学校がそれにしたがっていないのです。
『まさか』なんて決して思わないで。
今回の事故も『まさか』が招いた事故です。

そうでなくても危ない事が多い世の中ですから、防げる事は未然に防いで子供たち、そして親御さんが悲しい思いをしないために。
あなたの子供は、まずあなたが守ってあげて下さい。

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